新型コロナウイルスは、男性の生殖機能に影響するのか?(後編)
医師の藤森です。
前回(新型コロナウイルスは、男性の生殖機能に影響するのか?(前編))の続きです。
Coronavirus disease(COVID-19) and fertility.: viral host entry protein expression in male and female reproductive tissues
前回の論文以外にも、精液・精巣や卵子・卵巣にコロナウイルスが感染(細胞に侵入)する可能性が低いという報告も出ています。2020年4月にスタンリーらが報告し、Fertility & sterilityに受理され掲載待ちとなっている論文です。
新型コロナウイルスは、ACE2という受容体タンパク質に結合し、TMPRSS2というタンパク質が加わることで細胞内に侵入、感染すると考えられています。つまり、ACE2とTMPRSS2というふたつのタンパク質が発現していない細胞には侵入できないと考えられます。
精巣・精子や卵巣・卵子にこれらの「感染のキーとなるタンパク質」が発現しているかどうかと、タンパク発現とRNA発現を、既存また新たに解析して得られたRNAデータベースから網羅的にしらべたのがこの論文です。
まず、精子を含む精巣細胞ではACE2とTMPRSS2が両方発現している細胞はみられませんでした。
また、霊長類以外の卵巣組織でも卵母細胞以外では両方が発現している細胞はみられませんでした。ヒトの卵丘細胞サンプル(排卵が近い卵子と卵子を取り囲む卵丘細胞)において、ACE2は広範囲に発現していましたがTMPRSS2は非常に低く、ウイルス感染のリスクが低いことがわかりました。
事前に判明しているRNAシークエンスデータに基づいたデータでは、排卵直前の卵子でACE2とTMPRSS2の両方が発現しているものの割合が多かったですが、成熟前の卵子では共発現している細胞の割合が低くありました。成熟卵子は近いうちに排卵して卵巣から消えることから、新型コロナウイルス感染時の長期的な女性の生殖細胞への影響は考えにくいと考えられました。短期的にも、卵子をとりかこむ卵丘細胞ではACE2とTMPRSS2は発現していないことから、卵子へのウイルスの侵入を物理的にその厚みで卵丘細胞が阻止すると考えらます。
結果、成熟卵子へのウイルス感染のリスクも低いと予測されました。
胎盤については、細胞のタンパク解析データおよびRNAデータベースからは、胎盤でのACE2とTMPRRS2の共発現も低く、胎盤へのウイルス感染のリスクも低いと予測されています。今までに報告されているデータでも胎盤感染を示唆する報告はほぼないことと一致します。
新型コロナウイルスに関しては、未知の部分も多く、またウイルス自体も変化しうるため、新たなデータがでることがあるかもしれません。ですが、これらのデータをあわせて考えると、新型コロナウイルスでは、特に体外受精において受精胚へのウイルス感染リスクはほとんどないと考えられました。