冬眠できる時代に! 卵子凍結と比較すると?
こんにちは、院長の中村嘉宏です。
先日、朝方の雨の勢いが凄まじく、運の悪い職員は水びたしになりながらの出勤となりました。今日の江坂は晴れていますが、残念ながらもうしばらく落ち着かない天気が続くようです。空の情勢をしっかり確認しながら過ごしましょう。
脳の一部にある神経を刺激すると冬眠状態になる?!
A discrete neuronal circuit induces a hibernation-like state in rodents
さて、今回紹介するのはnatureに掲載された論文です。視床下部の神経を刺激することで、冬眠しない動物を冬眠と同じ状態にすることができたという報告です。
ネットで話題になったのでご存じの方も多いかもしれません。
冬眠中の動物は、正常状態に比べて酸素消費量が数%にまで低下し、体温も極度に低下します。それでも冬眠から覚めると、なんら組織障害を起こすことなく正常な活動を再開します。クマなどの一部の動物は食物が探しにくくなる冬期に冬眠することでよく知られています。以前にはメスのクマは冬眠中に妊娠、出産することをこのコラムでもお話ししていました。(生き続ける胚盤胞〜クマはなぜ冬眠するのか〜)
一方、同じ哺乳動物でも、マウスやラットのような齧歯類や人間は冬眠しない動物です。ところが、筑波大学の研究グループがマウスの視床下部にある一部の神経群を刺激すると数日間にわたって体温が低下し、代謝も低下する冬眠と同じ状態になることを発見しました。
同グループはこれらの神経をQ神経(Quiescence-inducing neurons :休眠誘導神経)と名付けました。
Q神経を刺激することで、食べ物を摂らず、動きもほとんど無くなり、体温が低下する——つまり、冬眠とほぼ同じ状態になることがわかりました。この状態のことをQIH(Q neuron-induced hypometabolism)と名付けました。Q神経は哺乳類一般に分布していて、同グループはラットでも同様の実験に成功しています。
つまり、人間もQ神経を刺激することで冬眠状態に誘導することができる可能性があるわけです。
筑波大学のホームページに解説があります。
冬眠様状態を誘導する新規神経回路の発見(筑波大学ホームページへ)
(http://www.tsukuba.ac.jp/attention-research/p202006111800.html)
冬眠は動物にとってどんな意味があるのでしょうか?
先に挙げたクマは、餌が不足する冬期に冬眠することで無駄なエネルギー消費を抑え、生存の確率を高めます。だからでしょうか、季節に依らず餌が充分に与えられる動物園のクマは冬眠をしないようです。
では、もし人間が冬眠できるなら、どんな利用方法があるのでしょうか?
同グループの共同研究者の砂川玄志郎氏は、次のように、ご自身のサイトで語られています。
『人工冬眠が最も有効活用できる点は医療だと思っています。時間とともに予後が悪くなる患者を人工冬眠によって時間を稼ぐことで救うことができると思います。私たちの成果が人工冬眠の研究開発を前進させてくれることを願ってやみません。』
(氏のサイトより引用しました。全文はリンクよりご覧いただけます。http://genshi.ro/?p=739)
では次に、生殖医学においては、どんな利点があるのでしょうか?
代謝を低下させることで、卵子の加齢の進行を遅らせることができる可能性はあります。ただ、同時に卵子の加齢の進行については卵子凍結がもっとも有効なので、患者さん本人を冬眠させるメリットは現状ではあまりなさそうです。
卵子凍結は、半永久的に凍結時点での妊娠率を保つことができますので、ある意味「タイムマシーン」のようなものと言えるのかもしれません。
当院では白血病など血液疾患の方を中心に1997年より卵子凍結に取り組んでおります。その長い経験の中で当院独自の凍結方法や顕微授精法を洗練させ、非常に良子な結果を出しています。
次回は卵子凍結についてお話しすることにします。