不妊治療の健康保険適応の是非
こんにちは、院長の中村嘉宏です。
9月8日の会見で菅官房長官が自民党総裁選の立会演説にて「不妊治療費の保険適応を実現する」と発言し、大きな波紋をよんでいます。与党からも驚きの声があがっています。
体外受精は経済的負担が大きく、当院に通院する患者様も大きな期待を寄せていることと思います。しかし、少し考えてほしいのですが、体外受精の保険適応は、本当に患者様のためになることなのでしょうか。問題点はないのでしょうか。
私は、健康保険適応はしない方が患者様のためになると考えています。
こんなことを書くと、「患者の負担を考えていないのか!しかも不妊治療の現場の従事者が!」と非難される方が多くいらっしゃると思います。
しかし、そうではないのです。
私見ですが、「健康保険適応」にするより、「助成金の年収制限を撤廃し、助成の上限額を引き上げて、助成回数も年齢に応じて増やす」という方法のほうがはるかに簡単で、早期に実現でき、患者様にとっても有利だからです。
まず、健康保険適応にするには様々な改正や調整が必要なので、年単位、最低2年以上はかかるでしょう。
一方、助成金制度はすでに存在している、すなわちインフラができているので、助成金の上限額を引き上げる、回数を増やす、という変更は、財源の問題がなければ、いますぐにでも実現できます。また、財源についても、意外とそんなに大きなものにはならないと思っています。現在の助成金の額は、凄く低いと私自身は思います。
そしてここからが大事な点ですが、助成金の方が患者様にとって有利な制度になるのです。なぜでしょうか?
体外受精が健康保険の適応になると、単純化して考えると、取れる卵子が1個でも20個でも採卵部分について医療機関に支払われる金額が一定になる可能性があります。例えば、20個取れた場合、赤字になる可能性が出てきます。そうすると本来、20個とれるところを採算がとれるギリギリの個数(例えるならば10個のみ)を採卵するということになりかねません。
また、妊娠してもしなくても支払われる額が一定となりますから、当然人件費を減らしたり、培養液の質を落とすなど、経費削減の方向に走らざるをえません。
このようなモラルハザードが十分に考えられるのです。
これまで体外受精は自費診療で、市場原理が働いて来ました。そのため、妊娠率の低下は直接医院の評判に直結するため、各施設が切磋琢磨して技術を向上させてきた結果、日本の体外受精の技術は世界をリードしてきました。体外受精の費用も実は市場原理が働いているため、安く抑えられている部分もあるのです。
このように考えると「健康保険適応」とするより「助成金の額の上限をあげる、回数を増やす」といった方向性の方が自由競争を阻害しないという意味でより健全で現実的なあり方ではないかと思うのです。