卵巣を凍結、融解し卵巣内の未熟卵子を体外で成熟卵子に培養できるのか?
皆様、こんにちは。院長の中村嘉宏です。
先日、2018年2月11日に東京で開催されたがん生殖医学会に参加してきました。
がん生殖医学会に参加して(遅ればせながら)
がん治療も進歩し、完治、寛解する症例も増えて来ております。
同時に、がんを克服した患者さんの妊孕性(妊娠する能力)をいかに温存するかということが問題となってきています。最近ではがん学会でもこの問題が論じられるようになり、がんを専門とする先生も多数参加され熱気のある学会となりました。
卵子凍結と卵巣凍結
当院でも、がん患者様の卵子凍結に力を入れています。特に白血病の卵子凍結症例数では、恐らく日本で1,2位ではないかと思います。また、白血病などの血液疾患に限っても2例で健康な赤ちゃんが生まれております。
病気が理由で卵子凍結をする際に、まず立ちはだかる壁は「時間」です。
例えば白血病が見つかった場合、すぐに抗がん剤による治療を始めなくてはならないため、排卵誘発をする時間が十分に取れません。場合によっては、初回の抗がん剤治療後に採卵を……となるため、卵巣機能が一時的に低下し、採卵が困難になることもあります。 このような問題を克服するため、様々な工夫が凝らされてきました。近年新たに、治療前に卵巣を摘出・凍結保存し、白血病の治療後に卵巣を体内に戻して妊娠を図る治療法が出てきています。 |
卵巣凍結が乗り越えるべき課題には、卵巣に潜んでいるかもしれない悪性細胞ごと卵巣を身体に戻してしまう点や、卵巣組織が生着(身体の中の腹膜などに生きた状態で融合すること)しない点が挙げられます。
特に白血病は血液のがんであるため、卵巣内に潜んでいる場合も多いと報告されています。
「一度取り出したのならば、その後も体外で行えば良いのでは?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、ここで観察できる卵巣内の卵子は非常に未熟な––言わば「超」未熟卵子であり、従来の未熟卵子を体外培養するのと全く訳が違うのです。
「超」未熟卵子とは?
卵子とそれを囲う卵胞は、非常に長い時間を掛けて発育します。
実際に卵子が成熟するのは排卵直前(LHサージが起こった後)のことで、それまでは総じて未熟な状態に分類されます。ひとくちに未熟な卵子と言ってしまうと、その状態に非常に大きな幅が出るのは仕方のないことなのでしょうね。
卵子が未熟な時期を、更に、前胞状卵胞(図の黄円)頃までのゴナドトロピン非依存的に発育する時期と、それ以降排卵までのゴナドトロピン依存的に発育する時期に分けることができます。体外受精の時に採れる可能性があるのは後者の卵胞に入っている卵子です。前者の卵胞に入っている卵子が、ここでいう「超」未熟卵なのです。
「超」未熟卵子の有効利用を目指して
マウスでは卵巣内の未熟卵子を体外で成熟卵子に培養する技術が確立しているのですが、ヒトの場合はまだうまくいっていませんでした。
しかし、今年1月にヒト卵巣から取り出した「超」未熟卵子を体外で成熟させることに成功したとの報告が出てきたのです!
卵巣の中の「超」未熟卵子を安定して成熟卵子まで培養できるのであれば、早発卵巣機能不全などの卵巣機能が低下した方に対する、新たな治療の道が拓けるかもしれません。ヒトの卵巣には、閉経時でも約3000個の未熟卵子があると言われています。しかし卵巣機能が低下してホルモンバランスが崩れた状態では、卵子があっても通常のホルモン療法では成熟しづらくなってしまうのです。
卵巣機能低下に関して言うのであれば、現在でもdelayed start法など対処方法があるので安心していただきたいのですが、やはり選択肢が増えるのは喜ばしいことですね。
次回は簡単に体外培養の論文についてお話しします。