体外受精の保険適応②
こんにちは、培養室です。
大阪の感染者数がものすごく増えていて心配になりますね。来月の学会は現地開催するのそうで、なお大変そうです。(※培養士の資格維持には行かないといけない学会です)結局のところ、個人にできることと言ったらうがい手洗いや、外出をするにしても不用意な接触を避ける努力をすることぐらいなので、地道に頑張っていこうと思います。
Intracytoplasmic sperm injection use in states with and without insurance coverage mandates for infertility treatment, United States, 2000–2015
今回ご紹介する論文は、不妊治療の保険に入る義務がある地域と、ない地域での顕微受精の実施状況についてまとめたアメリカの論文です。
まず、アメリカには日本のような国民皆保険制度はなく、基本的には個々人で民間の健康保険に加入する必要があります。また州ごとによって様々な制度が異なり、体外受精に関しては15の州で「体外受精は健康保険でカバーされなければならない」と定められています。
不妊治療の費用に関しては論文や発表でもバラつきがあるようで一概には言えませんが、例えばARTの1周期あたり10,000ドル以上必要としているものもあって、非常に高額です。このほか、治療と並行して保険の申請を行うために実際に治療費が下りるかどうか分からなくてドキドキしたという話を聞いたことがあります。
さて、論文では2000〜15年の間で行われた1,356,377症例について調査が行われました。このうち、25.8%が保険適応がある州で行われています。
顕微授精の実施数は、保険適応がある州、ない州に関わらず増加しました。男性不妊が不妊因子に挙げられている場合はもともと顕微授精実施の割合が高く、増加しているもののグラフはほぼ横ばいです。一方で、男性不妊を要因としない症例に限って調査を行うと、保険適応がない群での顕微授精実施率が他に比べて上昇していることがわかります。
男性因子あり | 2000年 | 2015年 |
保険適応あり | 85.4% | 92.9% |
保険適応なし | 87.7% | 94.8% |
男性因子なし | 2000年 | 2015年 |
保険適応あり | 39.5% | 63.5% |
保険適応なし | 34.6% | 73.9% |
体外受精への保険適応がある州では、男性因子のない症例の顕微授精実施率が低くなることがお分かりいただけると思います。例えばPGD/PGSが増えたことによって顕微授精の実施率※が上がった……ということもありませんでした。男性不妊が要因でない症例のうちPGD/PGSの実施症例を除いても、顕微授精の実施率は保険適応のない州が、保険適応がある州に比べて優位に高くなっています。
今回の論文では、保険適応がある州に比べて、保険適応がない州での不妊治療症例の方が、顕微授精が増える傾向にありました。その他、治療回数は保険適応がある州の方が多く、他方、保険適応がない州の方が胚移植1回あたりの移植胚個数の増加、胚盤胞移植の増加、PGD/PGSの実施数の増加などが確認されました。保険適応がないために、少しでも効率よく、一度でも少なく治療を終結させるための努力なのだろうと思われます。
※PGT(論文内の表記ではPGD/PGS)を行う場合には、媒精方法を顕微授精に限定している施設と、そうでない施設があります。顕微授精に限定するのは検査する胚盤胞のものではない、父性由来の細胞が入ってしまうのを避けるためですが、最近は仮に精子が混ざっていても検査には問題がないとするところもあって、各クリニック、あるいは検査会社の方針に委ねられています。