卵巣機能低下
卵巣機能と卵子発育の関係
成熟した女性の卵巣内では、同時期に、様々な発育段階の卵子を観察することができます。
胎児の頃から休眠状態で保存されている卵子達は、ある日「目覚めて」発育を開始します。例えば生理中でも黄体期でも関係なく、この目覚めは毎日起きています。休眠状態の卵子(正確には原始卵胞)が発育を再開することを、リクルートメント(recruitment)と言います。
毎日たくさんリクルートされてくる卵子のうち、ベストなタイミングを掴んだものだけが排卵に向かって最後の発育過程に入ります。その後も、卵子同士の競争を経て、排卵される1個の選択が為されるので排卵された卵子というのは選りすぐりの精鋭なのです。同時に、年齢を重ねることで総数が減少し、また染色体異常の割合が増加することで、卵子の選択肢が減ってしまいます。これが、段々と採れる卵子の数が減る原因の一つです。
卵子の発育には、グラフにある項目以外にも様々な因子が複雑に絡み合って作用しています。ホルモンはあればあるほど良いのではなく、必要な時に、必要な量が与えられなければなりません。例えば、発育の契機となるFSHの存在は、全く無いと卵子が発育せず、常に過剰に分泌されていると前述の卵子の目覚めがうまく機能しません。卵子のリクルートメントもホルモン等による様々な刺激によって惹起されるのですが、FSHが恒常的に高い状態ではうまく機能しないことが分かっています。FSHの低い期間もまた、卵子の発育には必要な時間なのです。
ところが、加齢等により、この周期は段々と乱れていきます。
30歳頃からエストロゲン(E)の分泌量が減少し始め、そのフィードバック現象によってFSH・LHの分泌量は増加していきます。やがて、常にFSH・LHが過剰分泌されるのが常体化します。
こうなると、なかなか卵子が育たず、また薬で卵巣を刺激しても反応しない周期が目立つようになります。
こうした症例の方に対して、従来は卵巣環境を整えることから治療を試みていました。
卵巣機能低下に対するアプローチ
カウフマン療法
カウフマン療法は、不足している卵巣ホルモン(エストロゲンやプロゲステロン)を薬で補充して、規則的な月経周期を再現し、長期的な卵巣機能不全によるホルモン欠如状態の改善を目的としています。
前述の通り、卵巣機能が低下してくると、常にFSH・LHが過剰分泌されるようになります。カウフマン療法中は下垂体機能が抑制されますが、カウフマン療法中止後には視床下部-下垂体の機能が活性化して、卵胞発育とそれに引き続いて排卵が誘発されると推測されています。
3~6ヶ月間の治療後、このリバウンド現象によって、その後の自然排卵周期が期待できるとされています。その反面、カウフマン療法中は排卵機能が抑制されているので排卵が起こらないうえ、時間がかかる割には必ずしも排卵が誘発されるとも限らないところが欠点です。
エストロゲン療法(FSH調整法)
これまで、エストロゲンが低下し、FSHが上昇しているような卵巣機能低下状態では、内分泌動態から推察して、排卵・妊娠は不可能と考えられてきました。しかし近年、こういった方の中でもエストロゲン療法による排卵誘発を行うことで、排卵誘発に成功し、妊娠例が見られるようになってきました。
エストロゲン療法は、過剰分泌されているFSHやLHを低下させることによって、卵巣の薬に対する感受性を増加させ、卵胞発育を促します。エストロゲン投与下に、クロミフェンやhMG製剤を使用して、排卵誘発を試みます。
当クリニックでは、採血後約30分でホルモン値(エストロゲン、LH、FSHなど)を測定することができます。ですので、このエストロゲン療法においても、卵胞発育とホルモン値をみながらエストロゲン剤の投与量を緻密に調節し、卵胞発育を目指すことができます。
Delayed start法
Delayed start法は、GnRHアンタゴニストを用いて、卵子のリクルートメントを改善させることを期待して行う卵巣刺激方法です。恒常的にFSHが高値の方は、前述の通り卵子のリクルートメント機能が低下しています。この状態で卵巣刺激を行っても、採卵に至るまでに長い時間を必要とし、採卵で得られる卵子の個数も少なくなりがちです。この方法では、周期の初期にGnRHアンタゴニストを投与してFSHを抑制することで、卵巣に与えられるホルモン刺激を一度リセットします。その後、HMG・FSHの注射によって卵胞を発育させます。
このため、他の刺激方法に比べて採卵までにかかる日数が長いこと、HMG・FSHの注射を多く使う必要がある点がデメリットとして挙げられます。その反面、アンタゴニストでホルモンが抑制されている数日間にリクルートメントが行われた卵子を、HMG・FSHの注射によって発育を促すことで、従来よりも多くの数の卵子を得られることが期待されます。
また、この刺激周期の後半では複数の卵胞から卵胞ホルモンが分泌されます。体内の卵胞ホルモン値が高くなりますので、一つ一つの卵はまだ発育途中であったとしても、排卵刺激が出てしまうかもしれません。ですから、それらの発育途中の卵胞が排卵してしまわないように、排卵刺激を抑制する必要があります。この方法では、GnRHアンタゴニストという注射薬を用いて、排卵刺激を抑制します。
Double stimulation法(Duo stim法)
卵巣機能が低下してくると、卵巣刺激を行っても発育する卵胞の個数は少なく、大小差が大きく見られ、採卵時に見られた小さな卵胞に穿刺吸引を行っても、卵子が取れない、もしくは卵子が取れても未熟でその後の受精率や発育が良くない…ということが、しばしばあります。未熟な卵子を体外で培養する(IVM)という技術もありますが、やはり体内で成熟した卵子と同等の成績を出すのは難しいのが現状です。
そこで、同一周期に2回卵巣刺激を行い、2回採卵を行う方法があります。1回目の採卵で、大きな卵胞だけを穿刺し、12mm以下の卵胞は穿刺せずにおいておきます。1回目の採卵3日後頃より再度卵巣刺激を開始し、卵胞の発育を確認後、再度採卵の計画を立てます。
1周期の間に、少しでも多くの成熟卵子を採取できる可能性のある方法です。