WHO(世界保健機関)の定義では「1年間、避妊をせずに性生活を試みても妊娠に至らない」状態を指します。日本では、およそ約3組に1組のカップルは不妊症に悩んだことがある(※1)ことが分かっています。さらに、近年晩婚化が進む中で、不妊症はより身近に迫る問題です。
「まだ一年経っていないから、私たちは大丈夫」なのではありません。
この区切りは、避妊を行わず一般的な夫婦生活を持つ夫婦の80%が1年以内に、90%が2年以内に赤ちゃんを授かることができることから設けられた目安に過ぎず、あくまで基準の一つです。赤ちゃんが欲しいと思っているにもかかわらず、なかなか妊娠しない場合、あるいは結婚が遅かった場合などでは、早めに専門の医師等に相談することが大切です。
(※1 2015年 国立社会保障人口問題研究所「第15回出生動向基本調査」より)
不妊症の原因
不妊症の原因は多岐に渡り、また、1人につきひとつだけとは限りません。大抵は複数の因子が絡み合っています。 (下図参照)
夫婦両方の検査の重要性
「卵子の老化」という言葉が大きく取り上げられ、女性に差し迫るタイムリミットは今や多くのメディアで見られるようになりました。一方で、男性側の因子に対してはまだ、女性側ほどには重視されていないように感じることがあります。
左図はWHOが発表した不妊症の原因を円グラフにしたものです。不妊症の原因が、男性側だけにある夫婦は約4組に1組、男女両方にある夫婦は約4組に1組であり、男性側の因子が関わっている夫婦が約半数にのぼることが分かります。
不妊症は、女性だけの問題ではありません。夫婦ともに検査を受けることが重要です。
不妊症と検査
当クリニックで行う初期検査は、精液検査、頸管粘液検査、ヒューナーテスト、経腟超音波下通水検査、経腟超音波検査、血液検査の7項目です。そのほか、子宮鏡検査、卵管鏡検査を行う場合もあります。
男性側の初期検査は、精液検査を行います。院内で採精するか、自宅で採精したものを当クリニックまで持込むか、ご都合に合わせて選択していただくことが可能です。
検査の結果によって、男性不妊外来(※2)へご案内する場合があります。
(※2) 当クリニックにて月1回、日曜日の午後から完全予約制で診察を行っています。
日程の詳細につきましては、当クリニック受付までご確認ください。
詳細はこちら(男性不妊外来へ)
女性側の検査は、生理周期に合わせて順次行われます。子宮卵管造影検査は排卵前、頸管粘液検査やヒューナーテストは排卵期、という風にそれぞれの時期に応じた検査を、通常1ヶ月かけて行います。
検査の結果、専門医での検査や手術等の加療が必要な方には、個別に病院を紹介させていただく場合があります。
もし、過去に他院で行なった検査があれば医師にお伝えください。その際、検査データをお示しいただければよりスムーズです。
何ヶ月も掛けて長々と行うよりも、必要な検査のみを行い素早く治療に繋げていくことが重要だと考えています。
経腟超音波下通水検査(子宮卵管造影検査)
卵管は、卵子が子宮まで送られる経路である他に、卵子と精子が受精する場所であり、卵巣から排卵された卵子を捕まえる(ピックアップ)役割を持つなど、様々な働きがあります。この経路が閉塞/狭窄することで、それらの役割が果たせない場合、不妊の原因になります。
経腟超音波下通水検査は、子宮口から細いチューブ(カテーテル)を通して、空気と混合させた生理食塩水を流し、エコーで卵管の様子を確認します。子宮卵管造影検査より痛みが少なく、簡易な方法のため、当クリニックでは基本的に通水検査を行っています。
ヒューナーテスト/頸管粘液検査
子宮頸管は、普段は外部からの細菌侵入を防ぐため関所のような役割を果たしています。排卵期には頸管粘液の分泌量が増え、精子が子宮内に遡上しやすい状態が整えられます。排卵期の子宮頸部から粘液を採取します。
- ・ヒューナー検査
- 排卵の時期に合わせて、夫婦生活を行っていただき、翌朝に子宮頸部粘液を採取して顕微鏡で観察します。
- ・頸管粘液検査
- 排卵期以外の頸管粘液は少量で粘度の高い状態ですが、排卵期が近づくと頸管粘液の分泌量が増えサラサラの状態になります。頸管粘液検査では、頸管粘液が排卵期に相応しい状態になっているかを調べます。
各種血液検査
- ①生理周期3-5日頃
- 卵胞ホルモン、黄体形成ホルモン、卵胞刺激ホルモン等のホルモンの基礎値を計測します。PRL(乳腺刺激ホルモン)、AMH(アンチミューラリアンホルモン)等もこの時期に計ります。
- ②排卵後7日頃
- 黄体ホルモン、クラミジア抗原/抗体等のホルモンを測定します。
①②のほかにも、甲状腺機能を測る検査や抗精子抗体検査などの検査を行う場合があります。
近年、卵巣予備能(残りの卵の総量の参考になる)を予測する血液検査として、アンチミューラリアンホルモン(AMH)が注目されています。
不妊症検査の意義
一般的な病気の場合、「お腹が痛い」「咳が続く」など、まず最初に何かしらの症状があって、それに応じた検査で原因を特定します。原因が分かって初めて診断がつき、診断に則した治療を試みる……。これが一般的な治療の流れです。
ところが、不妊症の原因となるものの多くは痛みも不快感もないため自覚が難しく、多少の自覚があっても放置されがちです。不妊という状態は、妊娠・出産に至るどこかのプロセスで問題が起きているのは確かなのですが同時に今の医学では検査で調べられない部分も多く残っており、原因の断定は非常に困難なのです。
- 「妊娠できないのはなぜか?」
- 「どこが悪いのか?」
- 「何が原因か?」
多くの方がそういうことを気にして、原因の特定の為に、もしくは正常であることを証明する為の検査を希望されます。しかし、実際のところは「検査に関しては問題ありません」とお伝えできても、「絶対妊娠できます、大丈夫」というわけではないということをご理解いただきたいと思います。
検査でわかること |
検査 |
考えられる障害 |
排卵している? |
基礎体温
超音波検査
血液検査 |
排卵障害 |
卵管は通っている? |
通水検査
子宮卵管造影検査 |
卵管閉塞 / 狭窄 |
精液は大丈夫? |
精液検査 |
男性不妊 |
子宮内に進入できる? |
ヒューナー検査
抗精子抗体検査 |
自己免疫疾患
頸管因子 |
検査ではわからないこと |
考えられる障害 |
排卵した卵が卵管に入った? |
ピックアップ障害 |
体内で受精が起きたか? |
受精障害 |
着床できる? |
着床障害 |
配偶子の染色体は大丈夫? |
卵子・精子の質の悪化 |
繰り返しにはなりますが、これらの検査で「正常である」ことと「妊娠できる」のとは同じではありません。
では「そもそも検査は必要なのか」と疑問に思われた方もいらっしゃるでしょう。治療の最初に行う検査は、治療方針を立てる上で非常に重要な意味を持ちます。
とりあえず一通りの検査をして、何となくタイミング療法で様子を見て、ダメそうなので人工授精を……という風に、漫然とステップアップをしていくだけでは時間の無駄です。また、統計などを見ると、治療の効果は一定の回数で頭打ちになって伸び悩む傾向にあります。ですから、最初から計画をしっかりと立てておいてステップアップしていくか、あるいは早めに体外受精を試みる方が最終的には早く良い結果が得られる場合もあります。
妊娠・出産を目的とするならば、精液検査の所見が悪いのに、いつまでもタイミング療法を行うのは良い方法とは言えません。また、ヒューナー検査と精液検査に問題がないのであれば、タイミング療法を一定の回数を行っても妊娠しない場合、人工授精を行うことにこだわらずに体外受精を行う方が、妊娠への近道かもしれません。
これらの初期検査で分かる情報を元に、どの段階から治療を始めるか、もしくは一般不妊治療をどのくらい行うかを考えます。
その上で、ご夫婦の希望や、お仕事・ご家庭の事情を踏まえて、治療方針を決めていきましょう。